2017/12/15

親のトラウマ実体験4 – 温かい人との触れ合い

 
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毒親体験/アダルトチルドレン克服/生きづらさ解消のための「心」にまつわる発信をしています。働く二児の母!

こんにちは。アダルトチルドレン実体験も第4回目です。

人とのふれあいを経て、アダルトチルドレンと気付くに至った話をしますね。

関連記事:親のトラウマ実体験3 – コミュ障を突き詰める

恋愛・結婚にも苦労するアダルトチルドレン

20代半ば頃、今の夫と付き合うようになります。
ごく普通の(親子関係はかなり良い)家庭に育った、普通の人です。

「普通」が理解できないという苦労

でも私は、正常に機能していた家庭の「普通」が理解できず、彼の態度に事あるごとに突っかかりました。

  • なにかしちゃった時の謝り方が軽い(もっと申し訳なさそうに謝るべきじゃないの!?)
  • (彼の)両親への態度が失礼(親に自分の意見なんて言っちゃだめでしょ!?)
  • 私のことを察してくれない(無理してカラ元気をしてるって分かるよね?!

本当にめんどくさい彼女です。当時は心底こう思っていて、しょっちゅうキレていました。

その度に彼は「どうしてそういうことを言うの?」「そんなつもりじゃないんだよ」と、突き放したりせず相手をしてくれました。彼の優しさに本当に助けられましたね。

話している2人の画像

 

歪んだ価値観の正体、それは…

先に挙げた項目は、私が母にされつづけ我慢してきた事でした。

そのような在り方が私にとって普通だったのと同時に、私は我慢して母を受け入れてきたんだから、あなただって我慢して私を受け入れてよと、欲求を無意識を爆発させていたようにも思います。

 

自分の家のことを話し始めて、見えて来た事

やがて「彼が図太いんじゃなくて、私がなんかズレてるのかも」と考え始めます。

以前はどうせ理解されないし無駄だと思って、家族の事は人に話しませんでした。
でも自分の価値観のズレを追及すると、どう考えても生い立ちに心当たりがあります。

彼にポツポツと家のことを話し、彼の家庭環境との違いを知るうちに、自分の家がいかに変わっていたかを理解するようになります。

私の悲しい過去や生きていて辛いといった話を聞いて、彼が涙を流してくれたこともありました。

手をつないでいる画像

だんだん、彼のようにもっと心穏やかに生きたいと願うようになります。

キレる自分をやめたい。他人の目を過度に気にして疲れたり、同時にすぐに自分が蔑ろにされたと感じてしまう自分から変わりたい。

「アダルトチルドレン」「毒親」の概念を知る

28歳頃になり、ようやくアダルトチルドレンという言葉を知ります。

自分の過去や、それまでADHDだと思っていた特徴とも辻褄が合い、やっと自分のことや、生きづらさの原因を理解できるようになってきました。

 

(恋愛で私自身ずいぶん苦労した気がしていますけど、実際は相手の方がもっとハードだったかもしれないですね。)

 

「普通の家族」に衝撃

彼の実家にも遊びに行くようになると、良い意味で衝撃を受けました。

明るくよく笑い、あれやこれや気にかけてくれるお母さん。
穏やかで、言葉は少ないけどユーモラスなお父さん。
きれいな家。
兄弟が揃うと賑やかなリビング。
たくさんの写真立てに、家族の笑顔の歴史。

私の家にはなかった、普通のたくさんの幸せがそこにありました。
切望しても手にできなかった、ケンカも罵りもない日常です。

 

私は両親の不仲を見て、結婚に夢を持たずに生きていました。
でも、ありっこないと思っていた理想の家庭を目にして、

私が作る側になって、幸せな家庭を築いて行きたい!

と新たな希望をもちました。

 

しかし結婚となると、一般的には両家の親同士で顔を合わせるのもの。
私の複雑な家庭環境では対応をどうするべきか、難題にぶちあたります。

当時29歳。このあたりから本格的に、アダルトチルドレンの克服に取り組み始めます。

机に向かう人物の画像

 

毒親育ちのタグを手放した

結婚関連のイベントは、もう清水の舞台から飛び降りる方が楽なんじゃないか、というくらいのプレッシャーでした。

連絡を取り合っていなかった父と母が、10年ぶりに再会する両家顔合わせ。
父には鬼門のお酒が飲み放題の披露宴。

2人がケンカをしないか、父が粗相をしたらどうしよう、惨劇で婚約解消になりませんように、etc…不安は尽きませんでした。

 

そして予想通り気まずい瞬間も多々ありましたが、どうにかやり過ごして、無事に夫婦になることができました。

私が最後まで結婚に不安だった原因

実は私は、「こんなクレイジーな親の娘なんて婚約破棄だ!!」となりやしないか、何よりも恐れていたんです。
それくらい親に負い目がありましたし、私も親と同類だと劣等感を持っていました

割れたハートの画像

でもそれは間違いで、ただ私が勝手に親を背負い込んでいただけの話でした。頼まれてもいないのに、親の不始末は私の責任だとばかりにしゃしゃり出ていたんです。

そうすることで、こんな親でスミマセン、自分はマトモだよって、私のことは非難しないで、って世間から許されようとしていたように思います。

または、毒親育ちというタグをあらかじめ自分に取り付けておくことで、なにか上手くいかない時には「ほら、やっぱりね」と吐き捨てて、人生からの逃げ口上にしようとしていたのかもしれません。

 

そして、毒親育ちのタグを手放した

結婚を通して、親とは関係なく、掛け値なしの自分を認めてもらえることを知りました。
親の人生と自分の人生は別物だと実感できて、初めて、フッと過去を手放せる予感がしました。

両手を広げる人物の画像

 

アダルトチルドレンの克服としては、この時点で大分完成に近づいています。
同時に、対人恐怖がほぼほぼ無くなるのも実感しました。

でも私にはもう一つ、コミュ障の問題が残っていました。
次回は最終回、「本当の意味で人を好きになった」体験について書きますね。

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